身に入むや両手に肉叢は溢れ
何から書いたらいいかわからない。
ほんとうは今日帰る予定だったけど、わたしはまだホテルの部屋にいる。
朝のことから書こう。寒くて目が覚めた。エアコンが止まっていた。救急車と消防車のサイレンが聞こえてきて、廊下を走るひとの足音や、ホテルの従業員が何度も謝る声がして、ざわざわしてた。ずっと。つけっぱなしだったはずの足元灯が消えていて、テレビもつかなくて、塁くんを起こしたら「停電だろ」って言ってまた眠ってしまった。七時頃、外で大きな音がした。窓から見下ろしたら車が喫茶店に突っ込んで大破してた。その音で塁くんがやっと起きた。「うわぁ、すげぇ、まじかよ、ちょっと見てくる」って言ってiPhone握って羽織着て出ていった。
それから。
窓の下の事故現場には塁くんは現れなかった。どこかの宿のはっぴを着たひとがゆっくりと車に近づいて、運転手を力強く引っぱり出した。道に仰向けにされた運転手、中年の男のひとだった、額から血が出てて、宿のはっぴのひとが人工呼吸を……人工呼吸をするのかと思ったら、違った。マウストゥマウスの姿勢から起き上がったとき。運転手の顔の下半分が、真っ赤な、穴になってた。
近くの部屋から悲鳴が上がった。家具が壁にぶつかる音や、物が割れる音が響いた。ドアの覗き穴から廊下を見た。
白髪ぼさぼさの裸のおじいさんが、目を見開いて立ってて、両手でつかんだ餅みたいな白いものを口に入れて引きちぎろうとしてて、よく見るとそれは、
どうしていいかわからない。塁くんは、帰ってこない。
さっきからずっと、壁を叩く音がしている。