ネクタイというものは、季題のごとく締めるのみのものである、という把握。
季題とはネクタイのようなものである、ではなく、ネクタイとは季題のようなものである、でもなく、
「締むるのみ」と書くことによって、結局「季題」とはなにか、と各々に考えさせる仕組みがある。
上田信治による「季語はやっぱりルール」という考察も掲句が念頭にあるのかもしれない。
この句集は、高濱虚子を中心とした「ホトトギス」の伝統に、アイロニカルかつ自由自在に迫っている。
掲句も、虚子の文体を経由しつつ、花鳥諷詠というものを見つめ直させるという批評的な句だ。
『花鳥諷詠』(『セレクション俳人12 筑紫磐井集』邑書林、2003)より。
筑紫磐井著『伝統の探求〈題詠文学論〉 ―俳句で季語はなぜ必要か』(ウエップ、2012.9)も、
読み応えたっぷりの充実した一冊です。