梨食うて心すずしくなりにけり   日原傳

梨のみずみずしい甘さとしゃりしゃりとした食感のさわやかさとは、秋そのものではないだろうか。
実際には秋が深まってきて少し肌寒いくらいの季節なのにもかかわらず、
身体的に感じている温度と心の温度の差異を平明な言葉でさらりと伝えるという無駄のなさ。
たとえば、心が、熱い思いに焦がれているとしても、また、深い悲しみに嵐が起こっているとしても、
いや、そうではなくて、ふつうのなにげない気持ちだったとしても、
梨を食べると、心の中に気持ちのいい風が吹く。その信頼感が、梨にはあるのだ。

『此君』(ふらんす堂、2008)より。