天牛を水より掬ふ濡れてゐず  西山睦

水に手を差し入れて、落ちてしまった天牛を助けてやった。すると、てのひらの天牛は、全然濡れていなかった。その発見の驚きが一句になった。天牛の撥水の翅のつやつやとした質感が見えてくる。

第三句集『春火桶』(2012年9月)より。

春泥を踏んで重心浮きにけり
帰省子のとがりし顎とパソコンと
海風に冷めし片肘昼寝覚
山裾のほのと賑はふ初社
春明けてゆく九十のははの辺に
擦れ違ふ列車のあふり冬深む
北岳に雪のひしめく桃の花
風は目に集まつてくる寒日和
水底の石みな見ゆる囮鮎
にはとりを数へはこべを摘みにけり
長き夜の猫の帰りを待つて鍵
枯草を一駅歩く帰郷かな
生きてゐる指を伸べあふ春火桶
西日射すドル没落の大見出し
石垣の石皆違ふ秋の風
ずつしりと銀河の重し狐鳴く
雨の日のあたためてある雛の間

どの句も、泉から湧き出したばかりの一番清新な水をすくい取るように、真実の中心を簡単な言葉でふんわりと句に汲み取っている。