クリスマスケーキは燭の垣根なす   阿波野青畝

「燭」は、この世を照らす光としてイエスの姿そのものであることや、
自らの命を削って灯る様がイエスに重なることからも、キリスト教には欠かせない存在だ。
バースデーケーキに蠟燭を立てるように、「クリスマスケーキ」にも立てているのだろう。
そもそもクリスマスはイエスのバースデーであるが、
まさかイエスの年の数だけ(作句当時でも2000本近く?)蠟燭を立てた訳ではあるまい。
それでも、イエスのことを思って蠟燭を立てていたら、「垣根」をなすほどになってしまった。
おいしそうなケーキではなく、蠟燭がひしめくケーキの特別な雰囲気。実用性より信心が優位なのだ。
その自然なまなざしが可笑しくも、純粋で、どこか悲しい。

景山筍吉編『カトリック俳句選集』(中央出版社、1961)より。