地は霜に世は欲望にかがやける  小川軽舟

地に霜の輝く光景からは、通常、無味無臭のきよらかな空気を感じるものだが、対句のかたちをとってそこに重ねられているのは、欲望にかがやく世界という、ぎらぎらと脂ぎったものであることに意外性を感じて驚く。けれど、霜のように輝く欲望はもとより、欲望のメタファーとしての霜もまた、いきいきと生命力を発散している。世界とはこのようなものだと、ややニヒルに了解しつつも、そのぎらぎらとした世界が決して嫌いではないというダンディズムも感じる。

『呼鈴』(角川書店・2012年12月)より。小川さんといえば、これまでの句集名『近所』『手帖』『呼鈴』があらわしているように日常をていねいに詠んだ俳句のイメージが強く、今回の句集にももちろん、たとえば「父母に時計一つや柿の花」のように、日常のちょっとしたところに潜む詩をくみあげてきた作品が多い。そうした句に加えて、今回の句集では、掲句のように真理に迫った重心の低い句も多くなっている印象。次のような句には、世界のほんとうの顔がのぞいているようで、読後、嬉しくも、また怖くもある。

影涼し其処と決まりし物の位置
道ばたは道をはげまし立葵
その先は蜜か屍か蟻の道
死ぬときは箸置くやうに草の花
心臓へかへる血潮や去年今年
電話鳴る直前しづか夕桜
「明王!」と孔雀啼きける暮春かな
空港の世界の時計年歩む
たんぽぽやまばたきのなき死後の景
さし入れし手のとほくなる泉かな
原子炉の無明の時間雪が降る

ちなみにこんなかわいい(ヘンな?)句もある。

春愁や猫になりたきトースター

真の大人の成熟と余裕とを感じさせてくれる句集。お正月にゆっくり読める幸せをかみしめている。