「と」「なりゆく」「や」「に」「づ」と、丁寧に言葉を継いでいくことで、歩くはやさでゆっくりと変化してゆく視界を感じることができる。
第一句集『風切』(沙羅書店・昭和十四年)より。もう七十年以上前の句を、今の私のこととして感じられるのだから、俳句ってすごい。(小説だと、もうちょっと情報が入っちゃうから、まさに今のこととしてとらえるわけにはいかなくなることが多いかな。)波郷の想定した「町」や「駅」と、私が想定するそれとは、かなり様相が違うけれど、それでも「町」や「駅」という概念や、それが人に与えるある種の感情は変わらない。だから、通じる。これを「ビル」とか「コンビニ」って言っちゃうと、七十年後にこの句のように人の心を打つことはできない可能性が高くなるんだよな。私は、「コンビニ」のような今の言葉もいとわず使いたいと思うけれど、「コンビニ」という言葉の射程が短いかもしれないことを、意識はしておきたい。今生きている人に向けて書くか、百年後の人も意識するのか。私は百年後のことなんてわからないので、今、これを読んでくれるひとに向けて書きたい。でも、百年後も、読まれていてほしいよなあ。それは書くという行為のはらむ夢。