柵の杭の先に手袋がかぶせてある風景というのは、なぜかよく見かける。落ちている手袋を見つけた人が、わかりやすいようにとかぶせておくからだろうか。柵の杭にかぶせられた手袋は、彼の本分とはまったく違う姿でそこに在るわけで、とても滑稽だ。イマジンをくちずさむ私の姿に、その無為の手袋を取り合わせたことで、今のところイマジンをくちずさむことくらいしかしていない私、というニュアンスが感じ取れる。手袋は空に向かって手を開いた状態になっているので、希求するという気持ちの代弁でもあるのだろう。
第二句集『水馬』(青沢書房・2012年12月)より。ご夫人のあとがきによると、田中氏は2009年に亡くなられており、もう一冊句集を作りたいという生前の願いから、遺句集を編むことにしたのだという。重心の低い句が並ぶ。以下、特に惹かれた句。
ゆきをにるゆめ雪を煮る夢蟻の列
水は地に貼りついてをり種選び
すぐ日焼するのは昭和生れゆゑ
みちのくや青田へ舌のやうな風
寒鯉のぶつ切り乾燥注意報
ぶらんこを漕ぎ平成に興味なし
バトミントンシャトルが草に春の風邪
尺螋や吾が終生の照れ隠し
さみしさに地団駄を踏む冬桜
船旅のやうに生きたし昼の薔薇
流木は女体のひかり春深し