雛の顔もさびしい。あなたのいまの表情はもっとさびしい。比べているけれど、どちらもさびしいということが言いたいのだ。「言はれけり」と人に言われたことにしているのだから、自分では「雛よりもさびしき顔」であることに気づいていないのである。その「え、うそ」ときょとんとしている表情が、やはりさびしき顔であるわけで、自覚がないぶんどうしようもなくて切ない。
『自句自解ベスト100 大木あまり』(ふらんす堂・2012年3月)より。第五句集『星涼』所収。大木には雛の名句が多い。彼女の雛の句は、ちょっとやそっと雛を人間にたとえてほのぼのと書いたくらいでは物足りないと思ってしまうほどに、ぐさりと心に届く。
さからふを知らざる雛を納めけり
豆雛蕾のやうに着ぶくれて
白髪を許されずをる雛かな
雛の微笑みの彼方に、奪われた何ものかを見たくなるその人の心の苦しみ。