【29】  桃の葉の千枚つまる桃の種   中尾寿美子

思えば人であれ、動植物であれ、その生命の始まりはごく微小な一点を出発点としている。あらゆる生命は、そういった一点から少しずつ成長を繰り返すことによって増大し、やがてその規定された大きさのピークを迎えた後は、徐々に縮小を始め、やがて消滅するというプロセスを辿る。膨張と収縮。ここにはまさにこの世界を統べる厳然たる法則性のひとつを見出すことができよう。

掲句の中心に据えられているのは、取り敢えずのところ「桃の種」ということになる。「桃の種」はいうまでもなく果実である桃の種子のことを指す。その桃の種子の内に「千枚」の「桃の葉」が詰まっていると断定的に表現したところに掲句の眼目がある。このように表現したことによって、ここからは逆に、それこそ眼前の「桃の種」よりまるで青々と葉を茂らせた桃の木のイメージがそのまま現出してくるかのような印象の生じる結果となっている。また、それのみならず「桃の種」が懐孕している未来への生命の連綿たる繋がりや広がりを想像させるところがあり、なかなか感動的な作品といえよう。

ここからは西脇順三郎の「旅人かへらず」の〈十二月の末頃/落葉の林にさまよふ(……)数知れぬ実がなつてゐる/人の生命よりも古い種子が埋もれてゐる/人の感じ得る最大な美しさ/淋しさがこの小さい実の中に/うるみひそむ/かすかにふるへてゐる/このふるへてゐる詩が/本当の詩であるか/この実こそ詩であらう〉〈種は再び種になる/花を通り/果(み)を通り/人の種も再び人の種となる/童女の花を通り/藺草の果を通り/この永劫の水車〉といった部分が思い起こされるところがある。

おそらく中尾寿美子の作品におけるキーワードは「変身(メタモルフォーゼ)」ということになるはずである。掲句にしてもそうであるが、他にも〈老人も鶯である朝な朝な〉〈はればれと水のむ吾れは芹の類〉〈霞まんとしてむづかしや足二本〉〈走るのが好きで走れば芒かな〉〈充分に老いて蓬に変身す〉〈はじめから烟りでありし冬の姥〉〈白桃にならんならんと鏡の間〉〈旅人はぱつと椿になりにけり〉〈もう鳥になれず芒のままでゐる〉〈蜩や百年松のままでゐる〉〈肉体を水洗ひして芹になる〉など変化や変身をモチーフにした句が数多く見られる。

思えば、この作者自身も長い俳歴の内、幾度も作風の「変身(メタモルフォーゼ)」を繰り返してきた俳人であった。長谷川かな女の「水明」、秋元不死男の「氷海」、永田耕衣の「琴座」といった様々な結社を経て、漸く独自の自在な境地を獲得したのは昭和54年(1979)に始まる永田耕衣に師事した「琴座」時代であり、その時の年齢は既に還暦を経過していた。

このように見ると、中尾寿美子という俳人は、長い歳月の間忍耐強く自己の変革を試み続け、その結果として最終的には思うがままに想像力を飛翔させる術を体得するに至った稀なる作家ということができそうである。

中尾寿美子(なかお すみこ)は、大正3年(1914) 、佐賀県生れ。昭和30年(1955)、長谷川かな女の「水明」入会。昭和34年(1959)、秋元不死男の「氷海」に参加。昭和37年(1962)、第1句集『天沼』。昭和44年(1969)、第2句集『狩立』。昭和50年(1975)、第3句集『草の花』。昭和54年(1979)、永田耕衣の「琴座」へ参加。昭和56年(1981)、第4句集『舞童台』。昭和62年(1987)、第5句集『老虎灘』。昭和64年(1989)、逝去(75歳)。平成3年(1991)、『新座』。