【55】  食べてゐる牛の口より蓼の花   高野素十

 

鈍牛のような俳人。高野素十から受ける印象を一言で言い表すならば、およそこのようになろうか。掲句には、牛が草を食べている様子のみが描かれている。「蓼の花」は秋の季語であり、ここにおける「花」の色彩は白ではなく、やはり淡紅色のものと見ていいであろう。牛の口の動きと共に草の葉が咀嚼されてゆく様子は、想像するだけでも少しおそろしい思いのするところがあるが、そこに「蓼の花」が混じっているのが目に留まった。牛の咀嚼物の中に淡紅色の「蓼の花」を見出したことで、句の世界に一抹のはなやかさが感じられる結果となっている。

 

素十の作品には、掲句のように強い実在感が内在しているものが数多く見られる。 〈春の雪波の如くに塀をこゆ〉〈ひつぱれる糸まつすぐや甲虫〉〈大いなる蒲の穂わたの通るなり〉〈顔を出すバケツの水の濁り鮒〉〈揚羽蝶おいらん草にぶら下る〉〈翅わつててんたう虫の飛びいづる〉〈ついて行く大きな男橇のあと〉〈雪山の前の煙の動かざる〉〈夕霰枝にあたりて白さかな〉〈天道虫だましの中の天道虫〉〈端居してたゞ居る父の恐ろしき〉〈空をゆく一とかたまりの花吹雪〉〈この空を蛇ひつさげて雉子とぶと〉〈枯枝のひつかかりゐる枯木かな〉など、それこそそういった作品を挙げると切りがないところがある。

 

ただ、こういった厳しさを伴う表現の中にも、掲句のようにどこかしら繊細さが感じられるところがあり、そういった部分も素十の俳句における一つの特徴といえよう。また、その点について少し別の言い方をするならば、重厚さの中にも柔和さが感じられる部分があるという風にもいえようか。例えば、素十には〈春月や東京近き汽車の窓〉〈真白に行手うづめて山辛夷〉〈方丈の大庇より春の蝶〉〈甘草の葉に一すぢの黄いろかな〉〈桔梗の花の中よりくもの糸〉〈桃青し赤きところの少しあり〉〈白蝶も紫蝶もこの日より〉〈枯蔓に雪柔かにひつかかり〉〈海の藻の花さく頃の五六月〉などといった句が見られるが、ここには単に実在感の強さや重厚さのみならず優美さが感じられるところがある。

 

川端茅舎・松本たかし・中村草田男「純粋俳句に就て」(『俳句研究』昭和15年10月号)における草田男の発言に〈素十は現在の僕から言ふとたえず物足りない。それでゐて、絶えずおツかない。〉という言葉が出てくる。確かに、その作品はどこかしら「物足りない」思いのするところが若干ありながら、その一方で、随分と「おツかない」ところがあるというのも事実である。

 

素十の作品がやや「物足りない」ように感じられるのは、おそらくその作品の形姿のシンプルさと、もう一つは句意が明瞭すぎるゆえということになろうか。また、「おツかない」のは、先程にも触れたように、やはりその並外れた実在感の強さゆえと考えることができそうである。

 

 

高野素十(たかの すじゅう)は、明治26年(1893)、茨城県生まれ。大正12年(1923)、「ホトトギス」に参加し、高浜虚子に師事。昭和22年(1947年)、『初鴉』。昭和27年(1952年)、『雪片』。昭和28年(1953年)、『野花集』。昭和45年(1970年)、『素十全集』。昭和51年(1976)、逝去(83歳)。