嫁にも食べさせたい秋茄子

2013.9.23 港の人発行
堂園昌彦歌集『やがて秋茄子へと到る』

最近数年ぶりに参加させてもらった句会があり、東京駅の近くなんですが、句会場のビルが見つからない…、汗だくになり泣きそうになり、もう帰ろうかとも思い、とりあえず優しい生駒くんに電話をかけました。

生駒くん「はい、こんばんは、あ、今実家なんですけど、どうしましたか?」

ごめーん、ほんとごめん。生駒くんの優しい案内のおかげで無事句会場に着く事ができました。彼はとても素晴らしい人です。

えーと、今日俳句文学館に行ったら閉まってて、仕方がないので本屋をぶらぶらして、気になってた堂園昌彦さんの歌集を買いました。あと横山やすし•西川きよしの漫才DVDを買いました。両方欲しかったやつです。

えーと、堂園昌彦さんの歌集『やがて秋茄子へと到る』を読んでいきます。

秋茄子を両手に乗せて光らせてどうして死ぬんだろう僕たちは

あの世にも楽しい事があるからさ。これはこれから有名な歌になっていくんだと思います。ぶちまけられた弁当を見ると斎藤さん、枇杷の花で佐太郎、皇帝ペンギンで塚本を必ず思い出すように、秋茄子を食べる時にはこの歌を思い出す気がします。

居酒屋に若者たちは美しく喋るうつむく煙草に触れる

一番安い酒だけ飲んでゲーゲー吐いてるような若者を応援したい。

飛行士は冷たき空のこと話し外国の塩置いて帰った

外国の塩らしいぜ、これ。

死ぬことを恐れて泣いた子供たちと交わした遠い春の約束

人によって違うんでしょうけど、死に鈍感になったり敏感になったり、という期間を繰り返すような気がします。

過ぎ去ればこの悲しみも喜びもすべては冬の光、冬蜂

今が一番綺麗な時。

球速の遅さを笑い合うだけのキャッチボールが日暮れを開く

ぶーん、ばす。ぶーん、ばす。タハハ。

僕もあなたもそこにはいない海沿いの町にやわらかな雪が降る

あの町にはねぇ、と小さい飲み屋でマスターにクドクド言ってみたい。

僕たちは海に花火に驚いて手のひらですぐ楽器を作る

嬉しくてより楽しくて、よりもずっと「驚いて」の方が幸福で良い。

冷たさの光のなかで刻まれる紫蘇、その紫蘇の放つ芳香

あぁこの素晴らしき紫蘇よ。この世界の中の美しき紫蘇よ。紫蘇。

止まらない君の嗚咽を受けとめるため玄関に靴は溢れた

これも良い歌、優しい歌、嬉しい歌。ピンチの時に、数人でも友達が来てくれるような、なんかあったら駆けつける事ができるような、そんな人でありたいなぁ。

美しい優しい歌集でした。皆さんもぜひ。いつの日か堂園さんの前でそっと秋茄子をてのひらに乗せてみたい。

じゃ

ばーい