僕がまだyoungな大学生だった頃、お金が無かったので悪い先輩にいつも髪を染めてもらっていました、臭い臭い!と風呂場でわめきながら、茶色のようなオレンジのようなゴールドのような、よくわからない色に染めてもらい、髪の毛をモサモサのキノコみたいに伸ばして、キャホーと自転車(土佐はチャリ大事)に乗って高知の街を疾走したものでした。その頃は赤に緑、青黄色、というような服装を好み(女の子からは西瓜と呼ばれる組み合わせでした)、なんか魔法使いみたいな変な帽子をかぶり(テリー伊藤みたいでした)、ウルトラマンセブンみたいな赤い眼鏡をかけていました。
気が付いたら卒業していました。
今は盆栽と金魚を好み、神社、歌枕を愛し、花鳥を諷詠する俳句を嬉しそうに作っています。将来は庵に住んで手鞠をつきながら近所の子ども達と俳句を作りながらつつましく暮らしていきたいと思っています。
おほほほ、梅に鶯、熱いお茶!朝風呂昼酒遅日かな
あ、だめだ、…こりゃモテんわと今気が付きました…。
ま、いっか、ということで京童さんを読みます。
壷焼きのつぎつぎ焼けて来りけり
ワクワクがとまらないぜ
この句は武蔵野探勝の32回に載っています、文章の書き手はなんと松本たかし、さて読んでみましょう。
小舎の鍵の手になつた部屋に陣取つた面々は、めいめい持参の弁当をひろげた。土間の炭火の上には蚊杖さん心尽しの壷焼きが、景気よく幾つも並んで煮えこぼれてゐる。一つ一つ出来上がるとは、上り框に近い連中から手渡しに奥の方へ、未だジュクジュク煮え音を吹いてゐる奴を運搬する。「熱つ熱つ!あついあつい」と青邨さんの甲高い声。手を焼かれたのらしい。 壷焼きだけではない。たひら貝も焼けてくる。蛤も焼けてくる。あとからあとから焼けてくる。
「壷焼きのつぎつぎ焼けて来りけり 京童」と繋がってくるわけです。
他にも
壷焼きに腰うちかけて土間広し あふひ
や
蛤の舌出してゐる一つかな 白山
なんて句もあって楽しそう、青邨さんの甲高い声って笑っちゃいけないけど笑ってしまう。
種ものを蒔きこぼしたる芽ばへかな
なんかこう、京童さん上手くなってきてると思いませんか?平均値がすごく高くなってきてます。句集で読むとすごくそれが伝わりますます。
苗代のあるところより寺の径
寺行こう、寺。不思議とあっけらかんとした句に寺の一字があると句が明るくなる。
庭のものみんな濡れをり若楓
可愛いのは京童さんの心ですよ、きらきらしてますわよ。
くれて来る新樹の雨となりにけり
京童さん緑好きみたい、次々でてくる、そんでもってどれも明るい
庭の面の新樹のうつる眼鏡哉
眼鏡にね
縁側や若葉のとんで来る
きらきらしてるのは京童さんの心ですわよ、いやほんと、可愛いじゃありませんか、この句
縁に出て若葉の雨の聞ゆなり
気持ち良いよ
庭の空せまく見えゐる若葉かな
ほらほら、良い句、題材と内容がありふれた事でもね、ほら?良い俳句は作れます。こういう俳句のが今新しいような気がするけどなぁ…
たまげたる栗の花なり肩に落つ
たまげちまった
螢籠よく光りゐる夜中かな
「よく」が効いてます、あと夜中かな、あぁもう全部良いです。
道ばたの青芦刈つてありにけり
こういう白いご飯みたいな俳句が好きよ
青芦を束ねて舟のつなぎあり
白いご飯みたいな俳句は飽きない
青芦の葉のある方へ傾けり
白いご飯、好きよ。米八割肉二割で良いんですよ。だからね、大昔のホトトギスの俳句と関さんとか虫さん俳句って同時に美味しく味わえると思うんですよ、僕
蟻の道出来かけてゐてまばらなり
京童さんはよく見ているけど、どの句も視線が優しい。視線の温度にどんな俳句が出来るか大分違うんだろうなぁ。
蟻地獄ありて涼しきところかな
ちょこんと座っている様子が見える、この「ちょこん」を僕も出したいんだけど、なかなか
今日は気分が良いので梅を見に行きます、なんか良い俳句が出来ると良いなぁ、あー、スカイツリーがよく見えるぜ(電車で書いてる)、そいじゃまた、みんなも優しい俳句、作ってみたらどうでしょう?たまには良いよ。
バーイ