スッキリ佐太郎②

佐藤佐太郎全歌集
昭和52年11月十日、講談社発行

昨日食べた安い中華があまりに最悪で、ちょっと前に相子さんと行ったゴキブリの走っていた横浜の中華を思いだしました。あそこはちなみに美味かった。

あの時確か酔っ払った僕は、相子さんに「盆栽は素晴らしいっ!あんな良いもんはないんですよぉっ!!」と力説して、相子さんは相子さんで熱くノッてくれてですね

相「エゴよ、盆栽はエゴよ、」
麒「この前なんかね、こ~んなね、ぐにゃりとね」
相「わー、それはエゴだねぇ」
麒「そう、そうなんだけど、自然で人工的で、しかも美しいんですっ!」
相「あぁそれはわかる」

ちなみに僕は、骨董、盆栽、金魚、神社仏閣を愛してます、幸い貧乏なので見てるだけで済んで良かったですが。
A子よ、金魚だけ、金魚だけでも、飼わないか?エサちゃんとあげるから。

鑑賞というのが何なのか、最近ぼんやり考えています。一句をあまり、ここが面白いのよ、ここが泣かせどころであると、言い過ぎてはいけないのかもしれないけど、言わないとやっぱりいけないのかなとも、いや言わないでも良いけど言えないのは駄目かとか、それじゃ意味ないなとか…

俳句の読みにも余白が大事なんじゃないかなぁ

ま、いっか

佐太郎先生を読んでいきます

「軽風」昭和四年(佐太郎先生当時20歳!麒麟め現在29歳)

つとめ終へ帰りし部屋に火をいれてほこりの焼くるにほひ寂しも

電気をパチッとやる切なさよ

元日を浅草に来て人ごみにまじりをりしとき雪ふりいでぬ

浅草のもつごみごみ感が年々好きになってきました

寒あけてさむさゆるみし朝(あした)より霜の解くるはただ心地よし

毎朝自宅近くの自販機で缶コーヒーを買うんですが、その時思い出すのがこの歌

窓開けて為事することも楽しくて吹きいる風を感じつつをり

為事って仕事より救いがある気がする、まぁ一緒なんだけど

足裏に心地あしきまではきつぎし足袋はきて今日も巷に出でぬ

昔100均無かりけり

東京の夜空を鳴きて過ぐる鳥は水鳥ならむ今宵も聞きつ

大好きな歌、これって有名な歌なのかな?あまり例歌として見ないけど、この歌若々しくて胸がキュンキュンしますよ。だいたい東京の夜空とか感じるあたりがまた若い。
杉本零さんはこの歌、読んだりしたかなぁ、好きそう。

日の光いまださしこぬ朝空に百日紅(ひゃくじつこう)はきはだちて見ゆ

波郷に百日紅の名句がありますが、同じように佐太郎の百日紅の歌も、ムワッとした空気を感じられて良い。

昭和五年(佐太郎先生21歳、若ちゃん確か今20歳)

澄みわたる夕べの空は学校の高き建物にくぎられてをり

学校の丸い時計を感じてぐっとくる。
辛い寂しいとか絶望を直に詠まずにこれぐらいの方が僕にはぐっとくる

見当のつかぬ通を出はづれて濁れる海をしばし見て立つ

これね、深川なんだって、そう思うと余計良いですね、汗を滲まして深川めしなんて食べつつなんて。

こみあへる夜の通を出はづれてものの響はうしほの如し

山国ほどではないけれど、人ごみもまた案外寂しいもんです、でも一度都会に来ると、なかなか離れる気にもなれないのが不思議。

人生色々あるけれど、すっきり佐太郎、また来週。

ばーい