赤星水竹居百句選

昭和25年、富山山房発行『水竹居句集』

さまざまのもの沈み居り水温む

我藪の筍食はん庵の春

訪ね来て汗と涙と一度かな

老ぼれて唯菊作るばかりなり

急行の止らぬ駅や秋祭り

柿の木の側や新たに母の墓

絶好の菊日和なり明治節

寒菊や桐の火鉢に熊の皮

山茶花やよく掃いてある朝の庭

10.家具展に人たかり居る師走哉

着ぶくれて雪見の舟に乗りにけり

河豚会に招かれて吾行かざりき

友連れて地下食堂や梅雨の町

帰省子にメロンを切るや老夫婦

粒細き葡萄の種を吐きにけり

向き合うて菊の莟と莟かな

初凪やチョロチョロ寄する浪頭

忌日とて西行桜見に行けり

勝馬の騎手の来て居り競馬茶屋

20.ほろほろに紙魚の喰ひけり太平記

別荘にまだ誰も来ず蟻地獄

しよぼしよぼと雨の降る日や捨扇

蜩や子規忌の披構終るとき

かまきりの蝶捕へ居る芙蓉かな

末の娘の帰り遅さや秋の雨

何もなし無花果なりと採りてたべ

寒燈やもの思ひつつものを書く

看護婦に歌留多取らせて眺めけり

たまに来る浪見てゐるや冬の濱

30.自動車の探梅行や杉田道

どの家も料理屋ばかり梅の村

お握りに蜆の汁や百花園

瀬戸物の人丸置いて人丸忌

遠く行く蝌蚪の一つを守り見る

丹念に水打つてゐる書生かな

船の名も花の吉野や浦廻り

馬下りて鈴蘭を採る奥の牧

避暑地より皆帰り来て残暑かな

夕立の来さうな空や大欅

40.月見客昼の中より来てゐたり

見る限り露の光りやゴルフ場

ささやかに落る水あり秋の山

小娘の道案内や秋の山

茸狩に出て茶屋の人皆居らず

河豚の会外は吹雪の夜なりけり

一門の外に人なし河豚の会

遠山に雪あり梅の村に入る

嬉しさに田楽を焼く女房かな

山の温泉のホテルの前の盆躍り

50.丸ビルの屋上園や天の川

おのおのが柿下げてゐる小駅かな

妻連れて野球見に行く小春かな

あかあかと秋の夕日やゴルフ場

少しづつながくなる日やゴルフ場

遠山に残る雪あり桃の花

菊作ることを覚えて老楽し

狂言の茶色の足袋が面白き

風邪の妻饂飩を食べて眠りけり

海見ゆる三階がよし避暑の宿

60.スッポンの道に出てゐる秋出水

乾きたる草をつかんで嗅いで見る

紅よりも黄色が多き落葉かな

慈善鍋人の入るるを見て通る

鰒の会年の順序に座りけり

闇汁にこれもて行かん三葉芹

畳替するのせぬのと小いさかい

この寺や前も後ろも梨畑

蟹を書くことを覚えて楽しけれ

新嫁の来るとも知らずかまど猫

70.若草を踏みてゴルフも久しぶり

稲妻や畑のものを採りに出る

避暑の子の眼鏡をかけて賢こさう

雪山も見あきて橇の人を見る

拾ひ猫恋するほどに育ちけり

金魚玉小さし金魚の窮屈に

この頃は冷しうどんが常の飯

落葉焚く煙は白く柔かに

手つかみに桶から桶へ芋移す

お針好く娘は皆優し針供養

80.好もしき俳諧料理田螺和へ

ささやかに植木市立つ花の寺

一門の墓を取巻く蜜柑山

何事も人任せなり菊もまた

寄せ鍋の煮ゆる音きき投句かな

蟹を食べ寄せ鍋を食べ除夜楽し

ゆかりある寺に宿かるそれも春

耕すは概ね女京の畑

尺八も鞄に入れて夏の旅

老いの腕ポキリと鳴りて蠅を打つ

90.山荘へ行つたり来たり秋暑し

会ふときが別れぞ秋は一としほに

観音はいつも豪勢除夜詣

日あたりも炬燵もありてよき二階

誰が摘みし土筆や紙に乗せてあり

打水やまことしやかに陶の蟹

見て廻る瓜や胡瓜や旅帰り

遊船の乗り降りの人見てたのし

船の旅海の初日を楽しみに

梅の宿笛を忘れて帰りけり

100.風鈴の鳴り通しなる今日も無事

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