熱海は最高、坪内逍遙

昭和35.5.20坪内博士記念演劇博物館発行「坪内逍遙歌・短歌」より

 

そう言えば、ふと思い出しましたが、僕って高知大時代に合気道部に居たんです。中高と六年間卓球部にいて、もういいや、もういい、これはモテんと思って(別に卓球は悪くないのに…)、筋トレをしないで済む武道という事で合気道部に入りました。
なにが良かったかというと同世代の男子はみなモッサイのですが、なぜか女の子が皆可愛い、これは良かった、合気やる気になりました、なんか気とか色々出てました。卓球の神様を裏切ってほんとよかった(そんな事を言いながら、銀座パレードに行って石川選手に狂ったように手を振ってきました、大好きであります)。

えーと、なんだっけ、あぁそう、黒帯ね、段を取ると黒帯になるのですが、黒帯には各自好きな文字を入れて良いという文化が高知大学合気道部の伝統でして、みんななんだっけな…、「戦艦大和」とか「明鏡止水」とか「大和撫子」とか入れて遊んでいました。

で、僕が選んだのは「逍遙遊」、あぁ当時からなんだか出世しなさそうなオーラがぷんぷん出ていました…。

という事で今日は坪内逍遙先生をやります。短歌や俳句も作っていたんですね、えー、最初に言っておきますが、そんなに巧くはないと思います。ただ、巧いなんて、ね。

さ、読んでいきましょー

六十を二つ越えたることしより敷島の道をふまんとぞ思ふ

逍遙先生僕が読んだ印象では歌の方がイケると思います。読んでいくとわかると思いますよ。

歌にあらずただごとなりといふ勿れただごとにあらず独りごとぞこれ

これなんか可笑しいですね、逍遙先生の事が可愛く見えてしまう。ちなみにこの本に自画像が描いてあるんですが、その自画像がなんとも楽しそうなんです。

かぎりなく浄(きよ)くうつくし大いなり青海原を昇る朝の日

きよくてうつくしくて、しかも大いなる青海原を昇る朝の日である事よー

常春の熱海の磯の朝な夕な寄る白浪を見もあかぬかな

晩年は逍遙先生、熱海を愛しました。熱海すごく好きです。

近き山に雪はふれれど常春の熱海の里に湯げ立ちわたる

いやー熱海は最高なんです

おいぬれば見聞く飲み食ふそれよりも古友どちとかたらふがたのし

金なんてなぁ働けばもらえます、僕はあまり働かないのであまりもらえないだけです。友達が居てね、酒があって時々遊んで俳句作ったりしてね、そういうのが幸せってもんです。

元日におもふ事多し七十二

たくさんおもった七十二

初日うららひんがしの海の大き岩

大き岩ってあたりがなんだかめでたいような感じがあって良い。

書きぞめの乾かぬ程やしたりがほ

文豪のドヤ

帰らうぞ花も見あいた日も暮れた

巧いなんてより、親しい方が好きになれる俳句のような気がします。

櫻さく日向の芝や犬の糞

巧いなんてのは…、ごめん逍遙先生、この句はちょっと…。

残月やねられぬままに蟇を友

蟇は友達です

むし暑き夜半や木蔭に蟇を友

…蟇は友達なんです。ほんとです。

六十年を何して過ぎし秋の風

ナニしてたっけなー。重くて軽いなぁ…

蚊の果のあはれを見たり諏訪の宿

諏訪で見たよ

鯛よりも平目よりも旬の三摩かな

明石家三摩って書くと硬いなぁ

柿二つ夕日と共に門を染む

柿への愛が伝わってきます。

そこここに菊ひよろひよろと秋ゆくや

うん、秋ゆく感じがひょろひょろと伝わって…、くるよね?ね?

落葉してわが庵らしくなりにけり

嬉しさが伝わってきます。わが庵です。

冬籠り画も描いてみたき茶目気あり

茶目気あるよ、坪内逍遙先生ですけど。

どうですか?なんだか坪内逍遙先生が少し身近に、なんだか好きになりませんか?坪内逍遙は俳句の人でも歌の人でもないでしょう。けれどもその俳句を、歌を読む事によって僕は坪内逍遙という人が好きになりました。

それで良いじゃありませんか。ね。

そんじゃ

ばーい