purgatory
shaved ice
for shaved Adolf
意訳:煉獄/髭剃りしアドルフに削氷を
かき氷(削氷、氷水)は世界的なデザートである。フラッペ、刨冰(剉冰)、ハロハロ、ピンス、タッチェー、ボボチャチャ、アイスカチャン、ケテック、エスカンプール、ナムカンサイ、ゴラガンダ、チュスキ等の名前で親しまれている(それがどの国での名称であるか当ててみてください)。英語圏ではshaved iceと呼ばれている(ハワイでは日本風のかき氷がshaved iceならぬshave iceと呼ばれているらしい)。文字通り、削氷である。他にもsnow cone(先に氷を削り、あとからシロップをかける形式。大半のかき氷はこの種類)やItalian ice(凍らせる前に味を先に付けて、氷自体に味があるもの。つまりはグラニテや最近流行の台湾式チャーミーかき氷)という名称もある。
かき氷の歴史は古い。おそらく起源は、人類が積雪や高山の雪を食した太古まで遡る。氷期の頃かもしれない。西洋では、ローマ皇帝ネロが奴隷を使って山から雪を調達し、果実や蜂蜜をかけてそれを楽しんだという記録がある。それ以降、氷を楽しむ文化はイタリアに根付いたらしく、フィレンツェから大量の料理人を引き連れてフランス王アンリ2世に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスは、グラニテの原型(上述のItalian iceの原型)をフランス宮廷に持ち込んでいる。日本では、仁徳天皇の時代には氷室があったことが知られている。また、「あてなるもの(中略)削り氷にあまづら入れて、新しき金鋺に入れたる。水晶の数珠。藤の花。梅の花に雪の降りかかりたる」と清少納言は『枕草子』に記しており、彼女が仕えた一条院皇后宮定子レベルの上流貴族は、夏でも氷室から切り出して削った削氷を口にしていた。但し、氷室から口にするまでの所要時間と当時の技術力を考えれば氷が浮かんでいる水のようなものであったと思われる(まさに「氷水」)。だいぶ後の江戸時代になっても、加賀藩の金沢から江戸屋敷内(現在、本郷の東京大学があるところ)にある氷室を経由して江戸城の将軍のもとに届くまでに氷の多くは融解したと記録にある。いずれにせよ、庶民の口に氷が入るようになったのは明治以降、普通に出回るようになったのは氷削機が普及した昭和初期以降である。よって、歴史は長いが、日本における季語としての歴史は浅い。
日本では、かき氷(削氷、氷水)は夏の季語であるが、英語のshaved iceは季語ではない。その他の上述の名称でかき氷を提供している国々については、作者の調査不足でわからない、韓国のピンスは夏の季語である気もするが、亜熱帯や熱帯の地域にいては通季の語彙であろう。
今回の和訳も失敗である。英語のshavedには「削った」のほかに「ひげ(髭・鬚・髯)を剃った」という意味もあるが、日本では別の詞を当てるしかなく、原句の語呂の良さが吹っ飛んでしまった。「煉獄」の後の切れも日本語ではうまく処理できなかった。
アドルフは、世界で一番有名なアドルフであるヒトラーのこと。第二次世界大戦以後、子にアドルフと名付ける親はほぼ皆無になってしまったので、アドルフとだけいえばヒトラーという暗黙の了解が欧米にある(手塚治虫の『アドルフに告ぐ』が懐かしい)。煉獄とは、カトリック教会においては、地獄と天国の間に位置する場所ないし状態とされる。地獄は救いのない場所、天国は罪の一切ない場所と定義されているので、そのいずれにも属さないと考えられている者たち(キリストの存在や教えを知らずに亡くなった善人、小罪を犯し地獄に行くまでに至らないがすぐには天国へ行けない者、キリスト者として救済を約束されていながらも罰の償いが残っているために浄化を必要とする者等)のためにある場所だと考えられている。説によっては、煉獄の者は苦しみを受けながら浄化されるらしく、特に快適な場所ではないらしい。ヒトラーは普通に考えれば地獄にいるはずだが、(多くの人間には不愉快な話だが)煉獄にいて、いつか昇天できるという説もある。洗礼を受けているし、そもそも父親と対立するまでは、ベネティクト修道会系の初等学校で聖歌隊に所属していた。ウィリアム・L・シャイラーによれば、ヒトラーは聖職者になる将来を空想していたくらい信心深かったという(スターリンも幼少期は同様に信心深かった)。後々も、ニーチェ的な反キリストの思想に染まりながらも、キリストそのものは信仰していたらしいし(ヒトラーによればキリストはアーリア人であった)、カトリック教会にも協力的であった。そのため、ヒトラーは人類史上空前の大罪を犯しまくったが、精神的にも多分病んでいたせいもあるし、信仰的にもいつか魂が救済される要件を満たしていた、だから地獄ではなく煉獄にいるはず、という説が存在しているのだ。複雑。作者には真偽は判らない。
しかし、(多くの人間には不愉快な話だが)万が一、ヒトラーが地獄でなく煉獄にいるとすれば、禊ではないが浄化のためにトレードマークのちょび髭は剃り落しているかもしれない、熱気に満ちた場所(煉獄はドイツ語で「浄めの火」を意味するFegefeuerと云う)なのでかき氷を欲するかもしれない、と夢想してみた次第。
作者は色々な国でかき氷を試してみたが、台湾と日本のものが一番好きだ。台湾のかき氷は、最近流行のチャーミーかき氷(味付きの氷を削ったもの)でなくても、果物も載っていなくても、氷に粉圓・珍珠(タピオカの玉)と豆花(豆腐プリン。豆腐花とも云う)が大量に載っていれば大満足である。日本のは、主に氷の質感と氷蜜の味にこだわる。今年だけで数十軒は食べ歩いたが、マイブームは「ぎおん徳屋」のお番茶のかき氷と練乳氷、そして「麦酒屋るぷりん」のレモンの氷。いずれもマニアには堪らない至高の味。「ひみつ堂」や「甘いっ子」のいちごミルク、「しもきた茶苑大山」や「K’s Cafe」の抹茶、「三徳堂」の夏一跳、「福光屋」の黒味醂みるくジャムも夏が終わる前にまた食べたい。「志むら」や「埜庵」も試さねば。どうせなら秩父の「阿左美冷蔵」や日光の「松月氷室」と「四代目徳次郎」も……。かき氷道はかくも厳しく、かくも甘い。