歌声の絶えて月光ばかりなり
93・2キロ(9月2日計測)
車の中では歌うようにしている。最近かけているのはブルーハーツだ。
僕の黒いキューブは10年以上前のオンボロ車なもので、オーディオと言えばCDとテープとラジオしかついていないのだが、CDデッキがなぜか買った当初から動かないので、テープを聴いてばかりいる。ツタヤで借りてきたCDをわざわざテープに録音して聴くのだ。それも甲府に住んでいたときは何本か録音したが、引っ越してからは面倒で録音していないのでいつも同じテープがローテーションしている。その中の一つが4月に録音したブルーハーツのベスト盤だった。
ブルーハーツはずいぶん前に久留島さんと徳本さんが「キスしてほしい」を歌っていたり、紗希さんが何年か前にカラオケで「人にやさしく」を歌っていたりするのを聴いて以来結構好きだったのを久しく聴いていなかったが、この4月に取材で知り合った路上詩人がブルーハーツが好き、と言っているのを聞いてなんとなく懐かしく思い、ツタヤで借りた。「情熱の薔薇」や「チェルノブイリ」を大声でがなり立てているとかなり気持ちよく、運転中の眠気防止ばかりかストレス解消、そしてカロリーの消費と正に一石二鳥というわけだ。
ただし、妻を助手席に乗せているときにはそういうわけにも行かない。妻は僕の歌声が破滅的に原曲の音階を無視していると訴え、僕が無理に出す高音を「絞め殺されたにわとりのようだ」と評し、僕がサザンやブルーハーツの真島など特徴のある歌声の人の歌を歌うとき「ちょっとものまねしてるでしょ」と割と恥ずかしくなるような事実を指摘する。挙げ句の果てには「車酔いして気持ち悪いからちょっと黙ってて」と言われる始末だ。
でも僕は「人にやさしく」とか好きなわけで、どういうところが好きかとか語り出すとちょっと面倒くさい奴だなと思われるかもしれないと思いながらも語ってしまうと、「期待はずれの言葉を言うときに 心の中ではガンバレって言っている」ってところが好きなのである。「期待はずれの言葉」というのは、それを受けた側が言うべき表現であるのに、この歌詞では言葉を言う側が使っている。言われた相手にとっては「期待はずれ」なんだろうな、と分かっていながらもそれを言わなければならないっていうのは、結構しんどい。それでも、心の中ではガンバレって言ってるんだよ、という、伝わらないかもしれないけれど、本当はガンバレってことなんだよ、というのが、いいなあ、と思うわけで。
ああ、やっぱり面倒くさい感じになったな。
まあいずれにしても歌ってそもそもあまりカロリーを消費しないらしいから、そんな生ぬるい方法ではダイエットはおぼつかない。それでも僕は一人で車に乗ると大概力いっぱい歌ってしまうので、取材先に着いたときには声が枯れていることも珍しくはないのだった。