陽炎に心臓ひとつふえさうな
俳句甲子園に出場することを機に作句を始めた。中学三年生の三学期のことだった。当時は陸上競技部に所属していたが、ある国語の先生に俳句を始めることを強く勧められ、文芸部に転部してその大会に出場することを決意した。
三年連続で全国大会に出場し、日本一を目指して俳句に打ち込んだ。その経験が大きな肥やしとなって今の私がある。正しく俳句甲子園は俳人としての自身の原点であり、その存在には今になっても感謝している。初めて出場した地方大会の兼題の一つが「陽炎」だった。
陽炎に心臓ひとつふえさうな
俳句甲子園に出場することを機に作句を始めた。中学三年生の三学期のことだった。当時は陸上競技部に所属していたが、ある国語の先生に俳句を始めることを強く勧められ、文芸部に転部してその大会に出場することを決意した。
三年連続で全国大会に出場し、日本一を目指して俳句に打ち込んだ。その経験が大きな肥やしとなって今の私がある。正しく俳句甲子園は俳人としての自身の原点であり、その存在には今になっても感謝している。初めて出場した地方大会の兼題の一つが「陽炎」だった。