2015年7月9日

題名もなく楽流れ夏の風邪

風邪をひいてしまった。昨日のバイト中からどうもふらふらする気がしていた。2限の仮名草子の講読をなんとかやりきった時点でもう駄目だった。冷や汗をかきながら部屋に戻った。がんがんする頭で半日くらい眠った。

気が付いたら全人類が滅びていた。夢の話である。どうやら人類最後の男になってしまったらしい。仕方がないので、自分で車を運転して、世界中を旅してまわった。遺跡をたくさん見た気がする。人類の叡智を目に焼き付けながら、しかしそれもおれでおしまいなんだな、としみじみ思った。最後におれは中国の砂漠に行き、何があったのかは忘れたが、寝転んで大空を眺めながら、自らの死を感じていた。

死ぬ夢は気持ちのいいものではない。あまり見たことがない。

夢は多い方である。夢日記をつけるとだいたいそうなるらしい。どういう理屈かは知らない。おれは普段の日記の頭にその日の夢を手控えていた。ひどいときには朝までに4回見て、起床以後の記述よりも多くなってしまう。

このあいだ、西村和子とか筑紫磐井とかが出てくる、ブラックな夢を見た。起きてから爆笑した。どれくらいブラックかというと、ここには書けないくらいだ。

そういえば、と思う。全人類が滅びて、車で世界を旅する小説を昔書いたことがあったのではなかったか。大学ノートに手書きでびっしりと書き物をしていた時期がおれにもあった。時期があったどころではなく、高2くらいまでやっていた筈だ。実家の段ボールには十数冊に及ぶ大学ノート(表紙にはもちろん「堀下翔第一短編集」などと書いてある)が隠してある。その中に、夢と同じ話があった。

なつかしさにつつまれながら、朦朧とした頭は、当時書いた黒歴史文章のことを(よせばいいのに)思い出していった。

(1)短編小説「死神博士あらわる」(執筆時期:中学2年生)

一人暮らしをしているサラリーマンの部屋に、ずいぶん前に死んだはずの俳優・天本英世が死神博士(『仮面ライダー』の敵幹部)のコスチュームで現れる。天本は潮健児演じる地獄大使(同)を探している。幼少期に『仮面ライダー』を見ていた主人公は天本と行動を共にすることに……。

「子供のころのヒーローに大人になって出会う」という設定は、ゼロ年代のノスタルジーブームにおいてはひとつの典型であった。ノスタルジーのノの字も分からないでそれを書こうとしているので描写がいちいち浅い。オチは忘れたのでなんとも言えないが天本英世が潮健児を探すという展開も意味不明である。

(2)文体模写集(執筆時期:中学3年生)

太宰治の『お伽草子』の文体で『ドラえもん』をリライトしたり、星新一の文体で『泣いた赤鬼』をやったり、新井素子の文体で『ケロロ軍曹』の書評をしたりした。

この時期なぜか文体模写にハマっていて、友人へのメールを遠藤周作風だとか丸谷才一風だとかで書いていた記憶がある。文末に(遠藤周作風)などと書いておくのである。まずい。相手がそんな作家を読んでいたかはお構いなしだった。

(3)長編戯曲「躁山堂への道」(執筆時期:高校1年生)

中学時代に井上ひさしを読んで、劇作家になろうと思った。だから実は書いていたのは小説よりも戯曲が多い。一幕ものが大量にのこっているが長編はない。素人が誰でもそうであるように辛抱強くなかった。

『躁山堂』はおそろしく退屈な筋だった。たしか2幕5場くらいを予定していたが、出てくるのはずっと堤防だった。主人公が公園で可愛い女の子と出会い(この時点でまずい)、遠くにある「躁山堂」という古書店を徒歩で目指すことになる。その後シーンごとに同行するひとが増えていく。オチは考えていなかった。当時どこかで「歴史に残る物語はみな西遊記の人物構成をしている」というストーリーテリング術を読み、西遊記と同じ構成のキャラクターがひたすら歩く話を書こうとしたのだった。

劇作家になるという夢はとても恥ずかしいもののように思われて、おれはそれをほとんど誰にも言わなかった。それから詩人にもなりたくなって、しばらくは夢を掛け持ちしていた。

書いているうちに頭痛はだいぶんおさまった。明日には治るといい。