秋高や清く貧しく木々白く
野方駅に住んでいる。ザ・私鉄沿線といった街並みで、駅から南北にこじんまりとした商店街が続いている。なかでも、ラーメン屋と焼肉屋が多い。下手に夜9時ぐらいに帰宅すると、ラーメンの匂いと焼肉の匂いに苛まれなければならなくなる。誘惑は手強い。
ぼくの父は学生時代に、大阪で一人暮らしをしていた。裏手が焼肉屋だったとかなんとかで、お金のない日にはその匂いをおかずにして米を掻き込んでいた、という話を幼い頃に聞かされた。ぼくは幸い、助けてくれる大人のお陰でそこまでの生活をしないで済んでいるが、焼肉屋の前で深呼吸したあとに家で食べる牛肉炒めは、あまりのおいしさに感動する。炊飯器を持っていないので、父とは逆にお米は食べられない。どうしても食べたいときには土鍋で炊く。失敗して水っぽくなったり芯が残っていたりするのだけれど、それでもなぜかおいしい、と感じる。
父は牛肉が好きだったが、なかでもピロピロした薄っぺらいバラ肉が好きだった。そういえば、小学生の頃に一度だけふたりで晩御飯を作ったことがあった。父は絶望的に料理が下手だった。チンジャオロースを作るのに2時間かかった。そのときもたぶん、バラ肉を食べたかったのだと思う。ステーキよりもピロピロしたアメリカ産牛肉を食べているときの方が幸せそうな顔をする父は「これがご飯に合うんだなぁ」とか言って、家族が食べ残した炒め物を平らげる。そのとき父の脳裏には、かつて暮らした大阪の風景が広がっていたりするのだろうか。