虫の闇抜け二次会の貌となる
村上鞆彦さんとお会いした帰りにお誘いを受け、新宿駅近辺へ飲みに行くことになった。帰り際に、酔っ払った鞆彦さんから西行の歌集を頂戴した。せっかくなので読んでみると、〈道のべに清水流るゝ柳陰しばしとてこそ立ちとまりつれ〉の一首が目に止まった。確か、高3のときに高校で古文を担当してくれていたM先生が最後の授業でこの歌に触れていた気がする。記憶が正しければ、この授業が高校生活で最後の授業だったかもしれない。
M先生は定年が迫っていた。学生時代のバイトとして非常勤講師をしていたらしいが、あれよあれよと言う間にいつしか教えることを生業と定めてしまったのだ、と言っていた。だから、西行のこの歌を授業プリントに記したのだろう。そのときは「勝手に定年迫る感慨に耽ってんじゃねーよ爺さん」なんて思わない訳でもなかったが、今となっては彼の気持ちも少しはわかる気がする。
惟えば、ぼくが俳句を書くようになったのも柳陰でのことである。俳句部に入っていた同級生に何度も口説かれるうちに折れてしまい、はじめて行った句会で佐藤郁良と名乗る教師に活動予定表を渡されたのが運の尽きだった。のちに、ぼくを口説いた彼が部を去った。やがて、彼はできるだけ遺恨なく部を辞めるためにぼくを引き入れたのだと知った。後悔はしていない。むしろ、感謝している。
ぼくと俳句との出会いもまあまあひどいが、放課後に俳句部の同級生に鞄を奪われ、それを取り返しに句会場にやってきた1週間後には陸上部から転部するハメになった後輩よりは幾分かマシだと信じている。彼は今年の俳句甲子園でかわいいかわいい女子高生と楽しい最終日を過ごすことができたらしいので、きっと俳句を続けてよかった、と思っているに違いない。