2011年7月17日

純然たる幻想の端に腰かける

「暑いわねー」飼い主御中虫がベッドからまたもや頭からずり落ちそうになりながら(ということはワンピースはめくれあがってどうしようもないことになっているのだが)ぼやいている。
「暑いわー暑いアー暑い暑いエ、おまいさん、ノニノニとかいうんだってネェ、チョイト腰かけてみちゃあどうでえ」

「は?」

また虫の支離滅裂な会話が始まってしまった。無視すればいいと思うかもしれないが、無視した場合虫は
「…七生恨んでやる」
と低い声で呟きそれはそれでなんかリアルに怖いので付き合うほうが安全だ。

「ささ、おまいさん。ココんとこへ、コウト、腰かけるがいいヨ」

「へ、へえ…ありがてえこって」(なんで私まで妙な言葉遣いになっているのかわからないがなってしまったものはしかたがない)私はベッドの端によじ登るようにして腰かけた。と、
「馬鹿ものっ!!」
虫は怒声とともに立ち上がった。

「てめェ、それで腰かけたつもりかッ!!いいか、腰かけるッてのはなァ、そんな甘ッちろいもnじゃねェんだッ!」
「いいか、かのローダン先生は彫刻のモチーフを『考える人』にするか『腰かける人』にするか、最期の時まで迷ったッて云うじゃねェか!腰かけるってのは、ただ漫然と坐っていることじゃねえ。腰かける者と腰かけられる物との緊張感そして『あたしゃいつだっておまいさんから立ち上がってどこへでも行くョ』という、腰かける者の奔放な精神と『アア好きにするがいいサ、所詮俺は腰かけられる物という表象でしかネェんだもの』という、腰かけられる物の寄る辺無さ、このふたつが絶妙なバランスをとったときに!!」
「ちょっと待って、いいかな虫さん」
「えーもうせっかく演説が盛り上がってきたところに何なのよーぶー」

「そんなことを口説くよりもさ、この句に対するもっといいテキストを見つけたんだよ」
「なによそれ」
「ほらこれ」
「あっ…」虫は黙ってしまった。
私が見せたのは、『不思議の国のアリス』における茸に腰かける芋虫の挿絵だったのだ。

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