2011年7月26日

捨てたはずの名刺を波が陸に戻す

「ねえねえノニノニー海行こう、海ー」飼い主御中虫が水泳帽を被って騒いでいる。
「いやだよ…私兎ですよ、しかもアメファジ(註;アメリカンファジーロップ)ですよ。水に濡れたら一瞬で風邪ひくよ」
「ああんもう付き合い悪いノニノニだなあーちゃんとゴミ袋に入れてくよ」
「余計いやだよ」
「透明?半透明?まあさすがに黒はいやよね」
「だからゴミ袋の種類じゃなくて…」
「とにかく海行くから、バッグに入って、さあさあ」

押し込められてしまった。
数時間後、私たちは海についたようだ。潮の香りがする。

「着いたよノニノニー海だよ海海広いねーひゃほー」
「わかってるよ。で、なんなの?泳ぐの?」
「馬鹿なこと言わないで!」

虫はいきなりキレた。
「泳ぐだけなら虫の家の近所のあのクソしょぼい市民プールで十分じゃん!あたしはもっと壮大な計画のために海に来たのよ!これを見て!」
 
虫が水泳帽を脱ぐと、頭からざざーと百枚ぐらいの名刺が降ってきた。
「なにこれ?名刺?」
「そう。名刺。正確には、クソ名刺」
「クソ名刺ー?」
「うん。つまりさ、あたしは今年で32歳になるわけ。その間、いろんな人と出会ったの。素敵な人もいたし、クソな人もいたわ。そしてね、なぜなのかしら?」
 
ここで虫は息を大きく吸い込むと海に向かって叫んだ。

「名刺を寄こす奴の大半は、クソなのよぉおおおおおおーーーーーーー!!!!」
 
ふぅ。と汗を拭いて虫は微笑んだ。
 
「まあ、もちろん名刺をくださる人の中には素敵な人もたくさんいらっしゃるわ?そういう方々を非難してるんじゃないの。ただのあたしの統計なの」
「ふーん。で、クソな人って何がクソなの?」
「簡単よ。名刺を渡すだけ渡しておいて、1年以上なんの音沙汰もない」
それは、クソというよりは非常によくある話では…と思ったが、また虫にキレられそうだったので黙っておいた。
 
「名刺というのは単なる名前の交換ではないはずよ、本来。今後お付き合いを続けてゆきましょうというごあいさつなのよ。なのに挨拶ひとつよこしゃしねえ」
「うーん。。。ところで虫は名刺持ってるの?」
「ないわよ(と即答)」
「なんで?」
「あたしは好きな人には直接連絡先を教える主義なの。だから名刺なんて別にいらない。ばらまくほど人間関係広くもないしね」
 
そこまで言うと虫は、
「さあて、やるか」
というや否や、持ってきた百枚あまりの名刺を、水泳帽に入れてぐるぐる巻きにして、
「とうりゃああああーーーーーーーー!」
と、海に投げた。
 
名刺は水泳帽から流れ出て、ばらばらとたゆたった。
 
「…ねえ、虫」
「なあにノニノニ」 
「これって不法投棄じゃないのかなあ」
「そお?まあいいんじゃない?産業廃棄物捨てたわけでもあるまいしさ」
 
私と虫は砂浜でしばらく海を見ていた。
ところが、虫がまた騒ぎ出したのである。
「大変!大変よノニノニ!見て!名刺たちがこっちに戻ってくるわー!」

見るとたしかに名刺たちは、打ち寄せる波にのって陸へともどりつつあるのである。
「ああ~せっかく捨てたと思ったのに…また拾わなくちゃならないなんて…」
あれだけ騒いだくせに拾うのかよ、と私は思ったが別に異議は唱えなかった。もともと虫の所有物である。

こうして虫はふにゃふにゃの名刺を百枚、家に持っている。
最初はなんだかんだぶーたれていたが、最近では、寝転がって字の滲んだ名刺をめくりながら、
「字の読めなくなった名刺ってのも、なかなかいいもんね。自分が誰と知り合いだったかさっぱりわからないなんて、ちょっとした浪漫よね」
などと言っている。

  

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