2011年7月27日

十分な広さを与えられて絶叫

「したことある?」飼い主の御中虫が餌をざらざらこぼしながら訊く。
「こぼれてますよ、餌。で、なにがですか」
「あら、あたしとしたことが。だから、『十分な広さを与えられて絶叫』したことある?って」
「兎は絶叫とかしません」
「ふーん。つまんない人生ねえ」
「虫さんはよく絶叫してますよね」
「たぶん日本で数本の指に入る絶叫女だと思うわ!最近してないけど。だいたいこの馬鹿広い家を借りてるのだって、あたしがいつ何時絶叫しても近隣に迷惑を与えないようにっていう配慮もあるのよ。でもそれすらも不可能となって入院までしてしまったわ…あれはほんとうにいやだった…」
「去年の話だね」
「うん。忘れもしないクリスマスの夜!発狂ってあるのねーいまだになにがなんだかはっきり思い出せないけど、とにかくあたしは気づいたら閉鎖病棟の保護室にいたのよ」
「それっていちばんやっかいな患者の入るところでしょ」
「うん。保護室ってね、とにかく広いの、とにかくなにもなくて。たぶん20畳?いや16畳?なんかそのぐらいあった気がするーあたしはそこでひたすら点描を描いていた」
「あ、紙とペンは持ち込んでいいのか」
「人によるみたい。あたしは夜中だけ発狂するタイプだったから、昼間はわりと自由だったかな。本も読めたしね。でも夜は地獄よ!」
「絶叫するんですね」
「そう。というか、最初相部屋だったんだけどあたしがあんまり絶叫するもんだから保護室に強制移動させられたみたい。でも保護室でも絶叫しまくって、詳細は忘れたけど保護室を脱走して隣の保護室にスリッパを盗みに入ったり、ナースにどなり散らしたり、ダストシュートに蹴りを入れたり、なんかもー、なんかもーよ。ナースに『いい加減にしてください!』って叱られたのがいちばんむかついたわー!いい加減にできないから精神病だっつの!」
「まあまあ…でもとにかく退院できてよかったですね」
「そうねーもう二度と保護室の世話にはなりたくないわ。でも時々思うの」
「なにを?」
「あんなに正当な権利をもって絶叫できる場所もないんじゃないか…って…ふふ」
「……」
 
私はこの人また入院してもおかしくないな、と思いながらこぼれた餌をぼりぼり食べた。

  

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