2016年8月19日

石川(いしかは)や河童(かつぱ)の骨(ほね)を掘(ほ)り当(あ)つる

「シン・ゴジラ」が公開された。その評価はともかく、観客動員数は上々のようである。僕はいわゆる平成ゴジラ以降をリアルタイムで観たクチで、初めて観たのは六歳のときの「ゴジラ対ビオランテ」だった。赤いバラのような顔をしたビオランテが水上に顔を出して静かに立っている姿が何より怖ろしく、たしかゴジラと戦うシーンがその後に続くはずなのだが、肝心の戦闘シーンはほとんど覚えていない。というよりも、今にして思えば、ビオランテの蔓のような手足が不恰好に動けば動くほど幻滅の度合いが高まっていったのだと思う。とすれば、恐怖と美とが同時に成立することを小学生ながら感じとっていたのかもしれないが、そんな繊細な子どもだったとも思えず、もしかしたらこの記憶は捏造されたものかもしれない。

ところで、後年になってゴジラの名前がゴリラとクジラを合わせたものだと知ったときは、その間抜けな由来と、その間抜けさに気づかずにいた僕自身に愕然としたものである。以来僕は、どうしてもゴジラにどこか拍子抜けした印象を持っている。二〇一四年にハリウッド版「Godzilla」が公開されたとき、映画に出演していた渡辺謙はゴジラを英語風の「ガッジーラ」ではなく「ゴジラ」と発音することに拘ったというが、僕にはこれが日本から生まれたというゴジラの出自を誇ろうとしたとか、そういう立派な理由で説明できる行動であったとは思えない。むしろ、この間抜けな名前をそれと気づかぬまま自らのうちにとりこんでしまった人間の矜持のあらわれであったような気がしてならないのである。