2017年3月27日

石鹸玉吹き疲れては歩きけり

俳句は、句作自体は大学2回生で始めた。小学生のときに習った高屋窓秋の「ちるさくら海あをければ海へちる」が印象に残っており、「友蔵こころの俳句」的な方向や古臭いイメージに囚われなかったことは運が良かったと思う。元々所属サークルのブログで時折コラムを書いており、そこにたまにアフォリズムも書いていたから、俳句のような短い詩型はなじみやすかった。

始めるにあたって、最初は特に入門書は読まなかった。切れについては正直良く分からなかったが、なとなくそれっぽいのをいくつか作っては龍谷大学青春俳句大賞に投句した。ストレス解消と無料の宝くじの気分だった。それ以外で作った句はハイクブログというウェブサービスに投句した。ハイクブログは中々面白いサイトで、今でいうところのTwitter的な要素もあって、投句の多くが「腹減った ああ腹減った ぺっこぺこ」みたいな句だったが、中にはすごく上手い人もいた。そこで出会った炎環の俳人に誘われて炎環に入会することになるのだが、それはしばらく先の話である。

初めて作った句というのは実は覚えていなくて、というのも件のハイクブログは閉鎖してしまって、書き溜めた句は全て削除されてしまったのだ。当時、高屋窓秋や富澤赤黄男の句を手本に作っていたはずなのだが、唯一最初期の句で記憶に残っているのが「油蝉もこんがり揚がるアスファルト」という句で、初心に帰る度に頭を抱えてしまう。