2011年8月23日

亡者船残暑の海に流れつく

ほかの事故と違って水中での死が、やはり特別な思い入れになるのか、水難事故にまつわる怪異やその原因と設定された妖怪は多い。河童もその一例だが、海には船幽霊が出て怪異をなすという。さかのぼれば壇ノ浦で滅びた平家一門の怨霊が、海を渡る義経一行の都落ちをはばんだという謡曲「船弁慶」がある。

海上の幽霊はさまざまな姿をとってあらわれる。風雨の中にあやしい火の玉が浮かぶというもの(西欧でいうセントエルモの火)、細長い手がのびてくるというもの、その手が海に引き入れてしまうというもの、あるいは大きな船が向かってくるというもの、船に乗った大勢の幽霊たちがヒシャクを乞い、ヒシャクを渡すと海水を注いで船を沈めてしまうというもの、など。ヒシャクは底を抜いて渡せば、いつまでたっても水がくめないという。

各地で伝えられる名称も「ユウレイブネ」「ボウコン」「ヒキユーレン」「モーレイ」「モウジャブネ」「アヤカシ」など多様である。ところが「船幽霊」という呼称やヒシャクにまつわる伝承は全国各地に伝わっている。これは、流通の発達した江戸時代において都市の知識人たちがこうした怪異譚もやりとりしており、都市での呼称がまた全国へ普及したのだ、と考えられている。

地方の文化方言が中央に統一されていく問題はいつの時代も存在しており、地域で古来固有と思っていることも、実は歴史的に変遷していった結果だ、ということは多いのである。

参考.化野燐「妖怪プロファイリング分析レポートNo.2 怪しい手」『怪』24(角川書店、2008.02)