2012年1月14日

作者・テクスト消えて蜂の巣また太り

『蜂アカデミーへの報告』は、作者後藤明生本人が蜂にさされたことに端を発し、カフカの短篇「あるアカデミーへの報告」を踏まえつつ、蜂に関するあらゆる記述を収集し始めて百科全書のようになったりもするが、本全体はさして厚くないという作品。
後藤明生の作品は大体絶版で、古書市場でとんでもない高値がついているものが多い。
没したのが大不況に入ってからなので、全集が出る気配もない。現代文学史における重要度とは無関係なのだ。
一見飄々とした軽みとユーモアをたたえた私小説のようで、誰でもすらすら面白がって読めそうなのだが。
ただし「アミダクジ式」とも称する明確な方法意識によって筋がどんどん逸れていくので、「主題」を求めると遭難しかねない。
挙句、物語全体がどこにも着地しないまま放り出されたりもする。
それが快感なのだ。
いわば内容がではなく形式が幻想的だったり迷宮化していたりするのだが、そうして謎化された、宙に浮いたままの筋こそが、記憶とともに朧になっていくわれわれの「現実」とは、まさにこういうものなのだというリアリティと得心をもたらしてくれるのである。
最高傑作となると『挟み撃ち』になるのかもしれないが、猫好き必読の『めぐり逢い』とか、あるいは『夢と夢の間』とか、あまり目立たない名品がいくつもある。
そしてその作風上、面白いものほどどこが面白いのかを人に説明するのが困難なのだ。


*後藤明生『蜂アカデミーへの報告』 新潮社・1986年