熊を見し一度を何度でも話す   正木ゆう子

もちろんこの「熊」は動物園の熊ではなく、山で出くわした熊だろう。
「一度」しか見ていないからこそ、あまり体験することがないからこそ、「何度でも話す」のだ。
内容としては、十八番のネタとして披露する尾ひれのついた面白おかしい話とも捉えることができるが、
この句からは、どこか真剣さが伝わってくる。切れがない分、切実な速さがあるせいだろうか。
熊を見たことがある側の人間としての使命感(!)の気迫すら感じさせる。
神妙に話し、神妙に聞く人たちの、輪の外から見ているからこそおかしみが湧いてくる。

『夏至』(春秋社、2009)より。