空蝉の百一個目がひきだしに
散歩好き
吟行というものがあります。吟行に出かけるのは好きです。気の置けない友人たちといっ
しょに歩くのが愉しくないわけがない。ところが、そのあと俳句をつくらないといけない
と思うと、気が重い。せっかくの散歩なんだから、「句をつくらなければ」という意識に邪
魔されずに、ぞんぶんに散歩を愉しみたい。
だから、散歩だけでお暇することも最近多くなりました(句会が始まる前に「それでは失
礼します」。そののち二次会で再度合流するのが、私の黄金パターン)。けれども、そうと
ばかりは行かず句会にも出ることもあって、そんなときはテキトーにつくって投句します
(失礼な行為? 俳句の神様がいるなら罰が当たる?)。
ただ、私にとってその吟行(散歩)が俳句と完全に切り離
されているかいうと、そうでもなく、散歩から数日か数カ月かそれ以上、時間が経ってか
ら、そのときのこと、そのとき見たものを句にすることはよくあります。経験がちょうど
いい具合に思い出になってくれる。それを待っても遅くはありません。
