背負はれてきつと花野に捨てられる
急に、ひとりではなくなった。
空気を入れ替えようと窓を開けたら、煙のにおいに混じって、腐敗臭ではない、まともな食べ物のにおいがした。斜め向かいの建物の三階の窓が開いていた。おかっぱ頭の小さな女の子が現れて、目が合うなり「パパー!」って叫んだ。女の子の後ろに男のひとが顔を出した。驚いた顔で「あんた、来れるか?」と言った。わたしは自分の荷物を持って一階へ降りた。ロビーからホテル従業員の死体が消えていた。
道路に散乱しているものから目を背けて、斜め向かいのビルに走った。思うように走れなくて、つまずきそうになりながら。非常階段の前にさっきの男のひとが待っていた。手に鉈を持って。そのまま近づいてきて、鉈を振り上げながら反対の手でわたしの二の腕をつかんだ。
もうだめだ、と思った。
鉈は、しゃがみ込んだわたしの頭の上を水平になぎ払った。振り返ると、帽子をかぶった頭部が地面に落ちていた。赤黒い肌の間に、白くて細かいものがにゅるにゅる動いている。
どさ、と野球のユニフォームに包まれた胴体が倒れた。
男は死体のユニフォームで鉈についた血を拭った。
「立てるか?」
男は腰が抜けてしまったわたしを背負って階段を上った。なすすべもなく運ばれて、女の子の側に座らされた。
「おねえちゃん、泣かないで。パパがいたら大丈夫だから」
こんなことになってて、何が大丈夫だって言うの。聞きたいことはたくさんあるけど、やっぱり声が出ない。
女の子の服には、錆のような色のシミがいっぱい付いていた。