2012年10月14日

ざくろの粒がちらばつてゐて歩けない

朝七時前に一度目を覚ました菜々子ちゃんは、水を少し飲んでまた眠った。菜々子ちゃんの側で日記帳を読み返しながら、誤字を直したり、書き加えたりした。熱は少し下がったように感じた。菜々子ちゃんのおだやかな寝顔を見ながら、わたしもまどろんだ。

突然、強烈な痛みに襲われた。菜々子ちゃんがわたしの左手首にかじりついていた。

「やめて、菜々子ちゃん、離して……!」

わたしはなんとか落ち着かせようと菜々子ちゃんの背中をとんとん叩いた。一直線に切りそろえられた前髪の下の大きな目はどこにも焦点が合っていないようだった。菜々子ちゃんはただ人形みたいに目を開けたまま、わたしの皮膚に歯を食い込ませていった。顔が白い。

「頭を狙え」という、村田さんの言葉が脳裏をよぎった。わたしは菜々子ちゃんの横っ面をひっぱたいた。衝撃で口が開いて、手首からぼたぼたと血液が落ちた。壁際まで逃げた。菜々子ちゃんは呻きながら立ち上がった。

小さな手を身体より少し前に出して、ずる、ずる、とすり足で近づいてくる。あの死体たちと、同じ格好で。

「菜々子ちゃん……」

足元に村田さんのスポーツバッグがあった。ライフルとナイフとバールが入ってる。わたしはライフルを構え、安全装置を外した。引き金を引いた瞬間、反動で後ろの壁にぶつかった。

菜々子ちゃんはソファの上に倒れていた。

破ったキャミソールを包帯にして止血した。菜々子ちゃんを膝掛けで覆った。化粧品と服を捨てて、食料と武器を鞄に詰めた。ガイドブックを見て、周辺のマップを頭に入れた。
非常階段の踊り場に、ドラッグストアの紙袋があった。中には解熱剤、スポーツドリンク、消毒薬……。村田さんは戻ってきてたんだ……。荷物の隙間に紙袋ごと詰め込んで、死体の徘徊する街を走った。