ふところに鬼の子を飼ふこころもち
「ルームキーのあるラブホテルっていまどき珍しいでしょう」
高橋さんはなぜかちょっと誇らしげに話す。仕事を聞いたら「学者」と言った。常温の缶ビールを開け、わたしが取ってきた缶詰の焼き鳥を二人でつまんだ。
「この町はすでに壊滅状態。消防や自衛隊は救助に来ない。テレビカメラも入らない。こんな至近距離でこんな生々しい記録が取れるのはわたしだけ。あと二三日撮影して回ったら漁船で本州へ渡るの。高く売れると思わない?」
「わたしたちのほかに生き残ってるひとはいないんですか」
「探せばいるかもしれないけど、これだけナヅキが増えちゃうとね……」
「ナヅキ?」
「ナヅキ。食人鬼のこと。『慈応寺縁起』っていう室町時代の文献に出てくる言葉よ」
高橋さんは、次のようなことを説明してくれた。
四国のある村で人食い鬼が暴れ回っていた。腕自慢の村の若者が、鬼と格闘した末に腕を切り落として井戸へ捨てた。すると鬼の祟りか、多くの村人が高熱を出してもがき苦しみ、やがて人食い鬼に変わってしまった。鬼と化した者は槍で突いても棒で殴っても死ぬことはなく、その身が腐って朽ち果てるまで旅人を襲い続けた。偶然通りかかった播磨の僧侶があわれに思い真言を唱えながら錫杖をもってこの鬼たちの脳(なづき)を砕いていったところ、鬼たちは決して蘇ることはなかった。以来、この種の鬼はナヅキと呼ばれるようになった。
「いまの状況にそっくりでしょう」
高橋さんの話を聞いていると手首の傷がひどく痛んだ。ビールで血行がよくなったからかもしれない。
「その傷は?」
「菜々子ちゃん……一緒に住んでた子に咬まれたんです」
菜々子ちゃんのことを話そうと思ったけど、それ以上言葉が続かなかった。
高橋さんはわたしの傷にカメラを向けてシャッターを押し、
「つらかったわね」
と言った。