鶫死して翅擴ぐるに任せたり   山口誓子

ふわふわとした鶫が地面に落ちている。死んでいるのだ。
重力に逆らえず、だらりと羽が広がってくる様は、空を飛ぶ生きた鶫のそれとは似て非なるもの。
死を目の前にして冷徹な写生の眼が光るこの句に、それでも土のあたたかさが感じられてくるのは、
「鶫」という鳥の小ささや柔らかさ、名前の音の明るい響きによるものだろう。

さて。誓子自身による自句自解によると、掲句のこの鶫は、誓子の掌の中にいるそうだ。
つぐみが身にひきつけている両の翼を、両手でつかんで、それを拡げて見た。つぐみが生きて飛んでいるときのように両の翼を拡げて見たのである。 翼は素直に拡がった。しかし私が拡げたから拡がったのではない。死んでいるつぐみが、私の拡ぐるに任せたから拡がったのだ。つぐみは、死んで、私の為すがままになったのだ。
この自句自解を読み、作品を読む、ということの複雑さを感じさせられる一方、
それでもなお、私は、地面にある鶫の死のことを思っていたいと思う。

『新装版 山口誓子自選自解句集』(講談社、2007)より。