2012年10月18日

打擲やいちじくいろの筋繊維

駆け回ったせいか、身体がすごくだるい。熱っぽいような気もする。栄養失調もあるんだと思う。食欲がなくて、水ばかり飲んでる。

昼間、バールとナイフを持って高橋さんの撮影に付き添っていた。写真を撮っている間は無防備になりがちだから、ナヅキが近づいてきたら守ってほしい、と。

高橋さんの車で商店街に向かった。そう。高橋さんは車を持っていたのだ。逃げようと思えばもっと早く逃げられたはずなのに、写真を撮るためだけにずっとここにいたなんて、すごい執念。わたしが呆れていると、

「記録したいと思うのは学者の性よ」

って、目尻に小皺を浮かべて笑った。

幌の破れた人力車がゆっくりと動いていた。車夫には下唇がなくて、黄ばんだ歯と紫色の歯茎が露出している。人力車の上には矢絣の着物と袴を身に着けたナヅキが乗っていた。書生風の格好をした男のナヅキがその横を歩いていた。

「さすが観光地よね」

なんて言いながら、高橋さんはシャッターを切る。ストロボが光った瞬間、三体がいっせいにこちらを向いて笑ったように見えた。矢絣が人力車から転がるように降りて、ずずず、と近づいてきた。それに続いて、書生と人力車夫も腕をぐっと前に伸ばしながら距離を詰めてきた。

「高橋さん、そろそろ逃げないと……」

振り返るとそこにもナヅキの集団がいた。濃い腐臭。囲まれてしまった。黒いランドセルを背負ったナヅキが集団の中から飛び出し、わたしの腰に抱きついた。いがぐり頭にナイフを突き立てる。切っ先が頭蓋骨に当たって滑った。頭皮がめくれただけでダメージにはならなかった。背骨が折れるかと思うほどの力で締め上げられる。まわりからナヅキたちの腕が伸びてくる。脇腹が急に熱くなった。矢絣がブラウスの上から食いついていた。長い髪を掴んで喉元を切り裂いた。引き剥がすようにナイフを動かしたせいで、自分の脇腹も裂けていた。痛みとともに生温い血が溢れる。ナイフをめちゃくちゃに振り回したら、腐った指が何本か宙を舞った。武器をバールに持ち替えてナヅキたちを殴りまくった。黒ランドセルを蹴飛ばし、ナヅキたちを掻き分けて高橋さんの車に走った。高橋さんはいつの間にか運転席にいた。助手席に乗ってドアを閉めた。書生風のナヅキが追ってきて、親指を失った手でガラスを叩いた。