2013年3月1日

雪融けて三十一文字の残りけり

なぜ短歌でなく俳句を選んだのかというごくありふれた、しかし本質的な問いへの答えは、中学2年のときに先輩に誘われるまま右も左も分からず俳句を書き始めたその瞬間に、すでに用意されていたのだと思う。いちどその詩形式を選んでしまった刹那、ありうべき他の選択肢は一瞬にしてたち消えてしまった。あとは、循環に身を委ねて俳句を書き続けるだけであった。

大学2年のころ、会を取り仕切っていたのが同い年の女の子だったということもあり、大学の短歌会に何度か顔を出した。自身が所属する大学の俳句会とくらべると参加者の年齢もグッと低くなり、みずみずしい雰囲気と、句会の場以上に徹底した、丁寧な合評とがすごく印象に残った。

しかしぼくの作品はきまってかならず「俳句的だ」「下の句が不要」という評を受けるものだから、名明かしの前に作者が判明してしまい、恥ずかしいともむなしいともなんともつかない気持ちになったことを悲しいかなもっともよく記憶している。

それ以降、短歌は書いていない。