二十八小節休む遅日かな
もう長いこと、トロンボーンを吹いている。
それも、吹奏楽やビッグバンドでなく、オーケストラ一筋である。
かつてトロンボーンは天使の楽器と称され、宗教音楽において重要な役割を担ったそうだ。たとえば、モーツァルトのレクイエム中の有名なソロ(奏者泣かせ!)に、その片鱗をみることができる。思えば、トロンボーンの作り出す和音は本当に豊穣で神々しいとか言いようがなく、自分があのびよーんと伸びるちょっとアホっぽい楽器の虜になってしまったのも、何を隠そう、あの甘美な音色がいちばんの理由である。
ところが、トロンボーンは神や超自然的なものの象徴として扱われることが多かった故に、オーケストラ音楽という世俗的な場においてはその使用がきわめて限定されることとなってしまった。
卑近な例をあげれば、ベートーヴェンの第5シンフォニー「運命」。有名なジャジャジャジャーン!のあれである。
ご存じだろうか。トロンボーンの出番はなんと4楽章からだということを。あのジャジャジャジャーンの楽章は、完全に休みなのだ。(ちなみにこれを音楽用語では”tacet”と呼ぶ。弦楽器奏者はたぶん、この言葉を知らない。)
われわれは3楽章までのおよそ20分間、ただ無聊と眠気に耐え続ける。出番が近付くとそわそわと準備をはじめ、そしてついに、4楽章冒頭のC-dur和音の強奏で「嗚呼!」と解き放たれる。
さて、こんな感じで本番のステージ上ではさすがにおとなしく、お行儀よく出番を待っているわけだが、練習中はそんな訳がなく。
雑誌を読む、携帯を触る、眠る、こっそり談笑する(なお、話題は指揮者の髪の具合とか、ヴァイオリンの後ろのほうが弾けてない話とか、瑣末の極み)などなど、「出番がないトロンボーン奏者の休み中の過ごし方」でNAVERまとめが作れるんじゃないかというくらいその暇つぶしの方法は多種多様だ。
いずれにせよ、トロンボーン奏者から名指揮者が多く生まれるのも、どのオケをとってもトロンボーンパート内が異様に仲が良いのも、ぜんぶ”tacet”が理由である。