鯵の干物をうなづきながら焼いている   樋口由紀子

なにげない日常のひとこま。食卓に並べる「鯵の干物」を焼く主婦の姿が見えるだろうか。
どちらかというと、ふんふんと機嫌良く焼いているようで、いい具合に焼けているだろうと想像がつく。
ただ、この「うなづきながら」という行為は、あらためてこうして書かれてみると少し気味が悪い。
「鯵の干物」となにか会話をしているように見えるというほのぼのとした情景ととらえることもできるが、
うなづいている自分にはたと気づいてしまったときの不気味さをはらんだ句でもある。
なにか得体の知れないもの(鯵の干物?)にうなづかされていた自分と、
美味しそうに焼き上がった鯵の干物が目の前に突如あらわれるような感覚が、強烈な現実感を与えている。

「バケツの底」(『豈 54号』豈の会、2013.1)より。