2013年7月2日

cordially crushing
strawberries in milk
Et tu, Brute?

意訳:懇ろに苺を潰す
    ブルータス、お前もか

苺は、日本では夏の季語で、他の季節だと冬苺、春苺などと呼ばれるが、英語圏におけるstrawberryは季語でもなんでもない。もちろん、winter strawberry、spring strawberryなどという不気味な呼称もあまり使われない。

つまり、掲句で季語的キーワードとなっているのは苺ではない。牛乳でもない。キーワードはラテン語の語句「ブルータス、お前もか」である。二千年以上前の大事件における名台詞は、今でも多くの欧米人を刺戟する。有名なラテン語語句自体が欧米の言語圏では古典的なキーワードとなっている。Memento mori(メメント・モリ。死を想え。自分がいつか死ぬことを忘れるな)、Carpe diem(その日を摘め。今この瞬間を生きろ)、Alea jacta est(賽は投げられた)、Veni, vidi, vici.(来た、見た、勝った)等もそうである。

今回はあまり修辞的技巧に凝っていない。一行目の子音頭韻(alliteration)とiの母音韻くらいである。

面白いのは「切れ」であって、切字の存在しない英語の場合、改行によるものが一番多い。行中にハイフンやコロンを入れる場合もある。掲句では二行目の後の改行に切れがある。しかし、この改行の切れであるが、切れの強さは読者に委ねられる。日本語における弱い切れも切字による切れも一字空けの切れも改行による切れも、英語では大体同じ改行で処理されてしまう。掲句の場合、日本語俳句における一字空けか改行に相当する強い切れなのだが、英語圏の読者は自動的に頭でそのように解釈しているはずである。

ただ、悲しいのは和訳。うまくmilkを省略できたのは良いが、「ブルータス、お前もか」を「潰す」のあとに持ってこられない。持ってきてしまうと、「ブルータス、お前も苺を潰すのか」と、誤読されてしまう。元の英語の方ではこのような誤読は生じにくい。しかもラテン語に比べて、十音もとってしまい長すぎる。そのため、今回は敢えて和訳を二行にしてみた。どう見ても苦しいし、意味が取りにくい。翻訳の限界。

日本で現在の品種に近い苺が栽培され始めたのは、オランダから輸入された江戸時代の末期。季語としての歴史も浅く、新季語である。莓という字で書かれることもある。ちなみに、苺を詠んだ日本語俳句の例句を歳時記などで見ると、苺を牛乳の中で潰して砂糖をかける食べ方を知らないと理解できないものが多い。「今つぶすいちごや白き過去未来」(西東三鬼)、「苺買ひちち牛乳忘れたる迂闊かな」(能村登四郎)など。先日、同世代にもこの食べ方を知らない人間がいて驚いた。句の理解にも影響する。確かに、最近の苺は砂糖やコンデンスミルクが要らないほど甘い。

作者の好きな食べ方は、『中原淳一の幸せな食卓』に載っている「苺のコクテイル」。蔕を除いて水切りした苺に、蜂蜜とブランデーを同量合せてよく混ぜたものをかけて、冷えるまで冷蔵庫に入れ、そして取り出したら少量のレモン汁をかけていただく。至福。

参考:【ELLE】ミオの文学キッチン 中原淳一“苺のコクテイル”

2013年7月2日