書くことのさびしき夜のさくらかな   神野紗希

書くことは、突き詰めていくと究極的に孤独な作業だ。もちろんそれと同時に、書いているときにはその言葉の向こうに誰かが存在しなくては、それを書く意味がない。k音からs音への転調が桜という季語を句に呼び込んだのだろうが、自分の言葉を読んでくれる、時も場所も問わない誰かの象徴として、桜という花は悲しいほどよく響く。
悲しさは普遍的な感情だが、寂しさは個人的な感情だと思っている。紗希さんは個人的な感情、感覚を重ねて詠むことを通じて、普遍的ななにかの輪郭を浮かび上がらせようとしている。そんな風に思った。

「象の涙」(2013.4)より。