向かいの家に来ている面白い笑える庭師、ではなく、庭師ににっこりと微笑みかけているのだろう。
そんななんでもない日常のシーンを見せて「手は裸」。なんだか穏やかでない。
たしかに、手袋やグローブでもしていないかぎり、手はいつも裸だ。
そのことをあらためて明文化することによって、いつもの手とは違う表情が見えてくる。
そして、この取り合わせによって、庭師に微笑む日常の行為にもなにか意図を感じてしまうのだ。
「庵庵(いおりあん)」(『現代詩手帖 9月号』思潮社、2013)より。
向かいの家に来ている面白い笑える庭師、ではなく、庭師ににっこりと微笑みかけているのだろう。
そんななんでもない日常のシーンを見せて「手は裸」。なんだか穏やかでない。
たしかに、手袋やグローブでもしていないかぎり、手はいつも裸だ。
そのことをあらためて明文化することによって、いつもの手とは違う表情が見えてくる。
そして、この取り合わせによって、庭師に微笑む日常の行為にもなにか意図を感じてしまうのだ。
「庵庵(いおりあん)」(『現代詩手帖 9月号』思潮社、2013)より。