子どもが描いたのだろうか、恐竜の絵に太陽も描きこまれている。たしかに、「恐竜の絵」というものを思い返してみると、たいてい太陽が一緒に描かれているような気がする。みどりの恐竜と、赤い太陽。紙の上の原色と、色のない冬の景色の中に咲いた冬薔薇の赤が響きあう。冬の凍てた空気の中にこの絵を置いたとき、氷河期が訪れて恐竜は絶滅したといわれていることを、ふと思い出したりもする。トリビアルなようで、妙に本質のしっぽを捕まえている句。
表記も効いている。「薔薇」と漢字で書くと、その華やかさが視覚的に飛び込んできて、同じく派手な「恐竜」や「太陽」と喧嘩するのだが、「さうび」と仮名書きにすることで、がらんとした冬の空気感をうまく演出している。
「里」2014年1月号特集「堀下翔十八歳八十句」より。力技ではなく、十七音をやわらかく使って、読者をふっとあちら側へ連れていくような句風に惹かれた。
エイプリルフールの棚に本を足す
夏夕べ風呂で芙美子を考ふる
級友よ路地裏に茄子落ちてゐる
サと書けばサと音のする今朝の秋
雨がちの十一月のお濠かな
シャッターの音の眩しさ枯木立
切手貼るたび眠くなる暮雪の家
冬眠や街は名前を失はず
堀下は現在十八歳の高校三年生。旭川東高校文芸部のサイトでも、俳句甲子園で知り合った同世代たちと、エッセイや座談会など、俳句について語り合うコンテンツを積極的に発信している。俳句だけでなく文章もいい。楽しみな人がまた現れた。