無論、「桃」や「桜」は、夏も秋も冬も咲かない季節であるが、
まだまだ寒い早春の、もう春だけれど、まだ、咲かない、という頃の句と読みたい。
毎日が誰かの「誕生日」であるけれど、「桃」や「桜」は毎日は咲いていない。
当然、何も咲かない「誕生日」の人もいて、その人にとってはきっと毎年そうなのだ。
それをわざわざ句にして言いとめることによって、なんだか少し切なくなる。
それでも、「誕生日」そのものの持つあたたかな祝福感が、桃色や桜色に響きあい、
悲しくなりすぎないところが巧い。花がなくったって、「誕生日」なのだ。
「狐火」(『俳句 2月号』角川学芸出版、2014)より。