『金子兜太集第一巻』(筑摩書房 平成14年)より引いた。
男は眠り、夢を見ている。夢に広がるそこは、遥かかなた男が行ったことのないような場所だろう。見知らぬ土地、その不安の中、風のように一瞬横切った女性がいた。男は、その女性を目で追う。それはよく見知った女性、自分の妻だ。その姿にほっとするものの、さらなる不安を抱くのは、妻が慣れたように横切ったその場所が、やはり自分からはるか離れた場所だったからだろう。
上五が字余りで、句に切れも季語もない。全体的にだらっとした文体で描かれることで、句にしまりがなく、夢のぼんやりとした世界が広がっている気がする。その夢は、漠然とした不安が広がっているものの、それでも男が夢より覚めないのは、そこには明るい日向があり、妻がいるからだろう。