葛餅の黄粉必ず余りけり   小野あらた

「葛餅」にたっぷりの「黄粉」をかけて食べるのは美味しいが、
なるほど、黄粉はいつも余ってしまう。多くの人の共感を呼ぶ、あるある句だ。
しかし。いじわるな読者としては、「必ず」と言い切られてしまうと疑いたくなるもの。
むせながらでもきれいに食べてしまうことはできるのではないだろうか。
そこで「余りけり」である。残るのではなく、余るのだ。
実際に、残すことなく食べきることができるかどうかは問題ではない。
「葛餅」を食べるときの気分としての、「必ず」であり「余り」なのだ。
余った黄粉を見つめながら、この余剰こそが葛餅を葛餅たらしめるものだと思うのだろう。

「必ず」(『群青 5号』群青俳句会、2014.9)より。