読書にふけっているときには、私という存在も忘れてしまって、ただひたすら本の世界に遊ぶことができる。「もの思うゆえに我あり」が近代的西洋的な考え方だとしたら「我なし」はその反対にあたる。その時間を幸福と感じてむさぼり読んでいる姿が目に浮かぶが、「浮寝鳥」によってまた、我がないということの寄る辺のなさも体感される。
第四句集『先生から手紙』(邑書林 2002年10月)より。
田中裕明には本や読書行為を詠んだ句が多い。それらは、ただ単に本を読んでいるという表層にとどまるだけでなく、書物というものをひとつの詩学としておのれの句に活かしているような、思索的な句だ。かつて俳句において旅が主題でありえたわけだが、旅する未知の世界が少なくなった現在においても、本の世界への旅は未知の輝きに満ちている。田中裕明の本を詠んだ句に、旅の句と類似したロマンを感じるのは私だけだろうか。