胸中に海鳴りあれど海見たし   折笠美秋

苦しく痛々しいほどの切望を感じる。
「海鳴り」は自分の中で轟き聞こえていて、いつも身近に海を感じてはいるのだけれども、
もちろんそれは、海そのものとは違う。自分の中にあるものは本物ではないことへの焦燥感。
「胸中」とすることによって、心臓の鼓動と響きあい実感が増す。
胸中にある海鳴りに付随するイメージは、恐ろしいものかもしれない。
それでも本物の海と対峙したいという、葛藤にも似た渇望。憧れよりも強く重い。
この「海」とは、象徴であって、真理を求める人間の心を映した句とも言えるだろう。
この句が収められている「海底語」という節の冒頭には、

海は、帰ってゆく処
海は、来たところだから。

と書かれている。

『君なら蝶に』(立風書房、1986)より。

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