「蒸(ふか)して」とルビあり。
「蒸(ふか)す」ということばが、あたたかい。実体のない「かなしみ」というものを、あえて「ふかす」と表現したことで、やわらかさ、ほぐれて空気のはらまれてゆく感覚、あたたかく蒸気に包まれてゆく気持ちよさが、なんとなく体感できる。ああ、これが、あるいはかなしみの癒えてゆく感覚なのだろうかと、錯覚したくなる。
光と影の両方をあわせもった、小六月というエアポケットのような季節。だからこそ、「蒸してしまへ」と、少しユーモラスに、そして切実に、願いたくなるのだろう。
季刊誌「野守」平成24年春号より。今号をもって終刊するという。大木孝子さんの新作が読めなくなるのは残念だが、またきっと、どこかでめぐりあえるだろう。その機会を心待ちにしたい。