粥のまっさらなぼーっとした白さ、明るさが花明りに通じる。粥と幻想の桜しか見えない、さびしい景色だ。そして「花明りとぞ」で終わらせず、「啜りけり」としていることで余計にさびしさが増幅されてくる。ライトアップされた夜桜ではなく、夜空にうすぼんやりと浮かび上がる桜の白い明るさを粥の白さと通じさせた。その手腕は強引なようでいて、ある種の連想を踏まえている。
ごはんつぶよく噛んでいてさくら咲く 桂信子
この健康的で一片の暗さもない句に比べると、同じ「米」と「桜」という素材でありながら、掲句にはうすぼんやりとした明るさの周りの底のない闇の広がりを感じさせる。
咳をして死のかうばしさわが身より 樹実雄
それはやはり、「死」の暗さというべきものではないだろうか。
句集『四時抄』(花神社 平成14年)より